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④『彼岸過迄』「報告」を読み解く

停留所での探偵の結果を敬太郎は田口に報告します。探偵のターゲットとなった人物のこと以外に、この人物がある女と会っていたことも報告します。この人物に対する探偵の結果はたいしたものではなく、敬太郎は田口の了解を得て直接この人物に会って話を聞くことにします。

一 探偵は何だったのか?

一 探偵の翌日、敬太郎は昨日のことが頭の中を駆け巡ります。早速、田口への報告の内容を考え始めます。

二 探偵の報告

二 敬太郎は早速田口の家に行きます。探偵の報告をしますが、指定時間を過ぎてまで探偵を続けたことを咎められます。

三 停留所に立っていた女の報告

三 敬太郎は、停留所に女が一人立っていたので探偵の時間を延ばしたと説明します。

それで男と女が洋食屋へ入ってから以後の事だけをごく淡泊り話して見ると、宅を出る時自分が心配していた通り、少しも捕まえどころのない、あたかも灰色の雲を一握り田口の鼻の先で開いて見せたと同じような貧しい報告になった。

青空文庫 Kindle版 p.139

ある男の世に出ていない部分を探偵するのが自分に課された義務だと思っていたので、敬太郎としてはこの探偵の結果報告はあまりにも貧弱なものでした。  淡泊り(あっさり)

四 女は何者か

四 一通りの報告を終え、敬太郎は田口に「いったいあの人は何なんですか」と質問しますが、田口ははっきりとは答えません。逆に敬太郎に質問します。「じゃ女は何物なんでしょう」次には男と女の関係を質問したりします。

五 田口からの質問

五 敬太郎が指示されたこと以外の探偵をしたことを、田口は最初は咎めていたのに、何故か男と女の関係のことを質問します。

年の若い彼の眼には、人間という大きな世界があまり判切分らない代りに、男女という小さな宇宙はかく鮮やかに映った。したがって彼は大抵の社会的関係を、できるだけこの一点ま切落して楽んでいた。

青空文庫 Kindle版 p.142

敬太郎はまだ社会のことを碌に理解していません。社会の中の男女関係だけなら理解できていると敬太郎は考えているようです。 判切(はっきり)

「しかしあなたは正直だ。そこがあなたの美点だろう。分らない事を分ったように報告するよりもよっぽど好いかも知れない。まあ買えばそこを買うんですね」

青空文庫 Kindle版 p.144

田口から難問を連発されて困っていた敬太郎です。正直に田口の質問に答えるしかなかったのかもしれません。
でも、これで自分に位置が与えられるのかもしれません。

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六 田口への提言

六 敬太郎は、探偵した人物に直に会って話した方が手短でよいのではないかと田口に言います。
田口はそれを了承し、紹介状を書いて敬太郎に渡すことになりました。

七 紹介状

七 紹介状の宛先は松本恒三です。

敬太郎は帰り途に、今会った田口と、これから会おうという松本と、それから松本を待ち合わした例の恰好のいい女とを、合せたり離したりしてしきりにその関係を考えた。

青空文庫 Kindle版 p.149

探偵は田口のいたずらのようなものです。田口がすべてを白状すれば、敬太郎は「合わせたり離したりして」三人の関係を考える必要はなかったのですが。

彼はこういう風に気のおける田口と反対の側に、何でも遠慮なく聞いて怒られそうにない、話し声その物のうちにすでに懐かし味の籠ったような松本を想像してやまなかった。

青空文庫 Kindle版 p.150

敬太郎は、田口との間に窮屈さを感じています。その反対の人物としての松本を想像しています。楽観的かもしれません。松本に会った後は、いつもの通り後悔することになるのでしょうか。

八 敬太郎の松本宅訪問

八 次の日、敬太郎は早速松本の家に行きます。今日は雨の日なので会えないと断られてしまいます。
翌日、敬太郎は例のステッキを持って松本の家に行きます。

九 松本との面会

九 敬太郎と松本との面会は紹介者の田口のことから始まります。松本は、敬太郎が今まで考えたこともない社会観だとか人生観を交えて話をします。敬太郎には苦痛です。

そればかりでなく、松本は田口を捕まえて、役には立つが頭のなっていない男だと罵しった。「第一ああ忙がしくしていちゃ、頭の中に組織立った考のできる閑がないから駄目です。あいつの脳と来たら、年が年中摺鉢の中で、擂木に攪き廻されてる味噌見たようなもんでね。あんまり活動し過ぎて、何の形にもならない」

青空文庫 Kindle版 p.154-155

何故松本が田口のことをこうも罵るのか敬太郎には訳が分かりません。松本を一種変わった人だと感じました。 擂木(すりこぎ)

「・・・・・田口が好んで人に会うのはなぜだと云って御覧。田口は世の中に求めるところのある人だからです。つまり僕のような高等遊民でないからです。いくら他の感情を害したって、困りゃしないという余裕がないからです」

青空文庫 Kindle版 p.155

松本は自ら高等遊民と称しています。
田口と松本が話をしたらどんな感じの会話になるのでしょうか。
敬太郎はどちらの人物に惹かれるのでしょうか。

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十 高等遊民?

十 高等遊民 松本恒三

もしこれが田口であったなら手際よく相手を打ち据える代りに、打ち据えるとすぐ向うから局面を変えてくれて、相手に見苦るしい立ち往生などはけっしてさせない鮮やかな腕を有っているのにと敬太郎は思った。気はおけないが、人を取扱かう点において、全く冴えた熟練を欠いている松本の前で、敬太郎は図らず二人の相違を認めたような気がしていると、松本は偶然「あなたはそういう問題を考えて見た事がないようですね」と聞いてくれた。

青空文庫 Kindle版 p.157-158

敬太郎が松本に家族のことなどを訪ね、「高等遊民は田口などよりも家庭的なものですよ。」という返答があります。その後、敬太郎は何も話せなくなってしましました。自ら高等遊民と称する松本は、何も位置を持たず、社会を知らない敬太郎にとってはハードルが高すぎるようです。

十一 尾行したことの白状

十一 二人の会話は、男女間の話から停留所にいた女の話に移ります。話の具合で敬太郎は探偵をしていたことを白状することになります。

十二 探偵依頼者の白状

十二 敬太郎は田口に頼まれて松本をつけていたことも白状します。

「詫まって貰いたくも何ともない。ただ君が御気の毒だから云うのですよ。あんな者に使われて」

青空文庫 Kindle版 p.162

松本は田口を見下し、敬太郎に同情しているようです。

十三 田口と松本の関係

十三 田口と松本の関係が明かされます。「松本に二人の 姉があって、 一人が須永の母、 一人が田口の細君」であることが分かりました。

田口の性格に対する松本のこういう批評を黙って聞いていた敬太郎は、自分の馬鹿な振舞を顧みる後悔よりも、自分を馬鹿にした責任者を怨むよりも、むしろ悪戯をした田口を頼もしいと思う心が、わが胸の裏で一番勝を制したのを自覚した。が、はたして そういう人ならば、なぜ彼の前に出て話をしている間に、あんな窮屈な感じが起るのだろうという不審も自ずと萌さない訳に行かなかった。「あなたの御話でだいぶ田口さんが解って来たようですが、私はあの方の前へ出ると、何だか気が落ちつかなくって 変に苦しいです」「そりゃ向うでも君に気を許さないからさ」

青空文庫 Kindle版 p.166

敬太郎が田口に対するときに落ち着かない理由を、松本が簡単に説明してくれました。

十四 松本との会見の終了

十四 松本から田口のことを聞き、松本の話を聞き、敬太郎はだいぶ人間というものを知ったようです。松本との会見を済ませた敬太郎は、例のステッキを振って歩きだします。

「田口は君だからそう思うんじゃない、誰を見てもそう思うんだから仕方がないさ。ああして長い間人を使ってるうちには、だいぶ騙されなくっちゃならないからね。たまに自然そのままの美くしい人間が自分の前に現われて来ても、やっぱり気が許せないんです。それがああ云う人の因果だと思えばそれで好いじゃないか。田口は僕の義兄だから、こう 云うと変に聞えるが、本来は美質なんです。けっして悪い男じゃない。ただああして何年となく事業の成功という事だけを重に眼中に置いて、世の中と闘かっているものだから、人間の見方が妙に片寄って、こいつは役に立つだろうかとか、こいつは安心して使えるだろうかとか、まあそんな事ばかり考えているんだね。・・・」

青空文庫 Kindle版 p.167-168

松本はさらに詳しく田口という人間のことを敬太郎に話します。社会をほとんど知らない敬太郎もこの話でだいぶ社会が分かってきたようです。田口のこともよく分かったようです。
敬太郎が自分に求める姿は田口なのか松本なのか。明らかに田口です。今から社会に出ようと活動している敬太郎にとって、この話を聞いたことが良かったのか、悪かったのか、難しいところです。たぶん田口のように進み、松本の話を思い出して考えることになるのでしょう。

「・・・ああなると女に惚れられても、こりゃ自分に惚れたんだろうか、自分の持っている金に惚れたんだろうか、すぐそこを疑ぐらなくっちゃいられなくなるんです。美人でさえそうなんだから君見たいな野郎が窮屈な取扱を受けるのは当然だと思わなくっちゃいけない。そこが田口の田口たるところなんだから」

青空文庫 Kindle版 p.168)

人を疑うことがあたりまえになってしまっている田口。松本はどうなんでしょうか。

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