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③『彼岸過迄』「停留所」を読み解く

 敬太郎には須永という友人がいます。敬太郎はよく須永の家を訪ねます。
 敬太郎は、須永の叔父の田口に職を斡旋してもらうため、須永に頼み込みます。
 敬太郎は、田口から探偵の仕事を依頼されました。
 敬太郎は、事あるごとに自分の行動に疑問を持ちながらも探偵を実行します。
 敬太郎は、ターゲットとなる男を見つけ、探偵を実行したのですが、途中から自分の行動を悔いることが多くなり、しかも、停留所でターゲットを待ち受けていた女の方に興味が移ってしまいます。
 田口から依頼された探偵は完了したのですが、田口に報告するようなことはわずかでした。

一 敬太郎はよく須永の家に行きます。

一 敬太郎は須永を訪れて愚痴めいたことを言いますが、須永は相手にしていないようです。敬太郎は気分を悪くしますが、五日と経たないうちにまた須永を訪れます。

退嬰主義

青空文庫 Kindle版 p.36

須永のことです。法律を修めた人ですが働く気がありません。敬太郎とは反対の部分の多い人物です。
退嬰(たいえい:しりごみすること。ひきこもること。)

「・・・いくら学校を卒業したって食うに困るようじゃ何の権利かこれあらんやだ。それじゃ 位地 はどうでもいいから思う存分勝手な真似をして構わないかというと、やっぱり構うからね。厭に人を束縛するよ教育が」と忌々しそうに嘆息する事がある。」

青空文庫 Kindle版 p.38

敬太郎が須永に語ります。敬太郎は相当の地位を得ようと活動していますがうまくいっていません。「教育がなければ森本のようにできるのに」と思っています。反対に須永は紹介してくれる人がいても役人にも会社員にもなりません。

敬太郎は警視庁の探偵見たような事がして見たいと答えた。

青空文庫 Kindle版 p.38

須永にきかれて敬太郎が答えます。浪漫主義の敬太郎は、どうしても人に隠された何かを探ってみたいようです。

いかんせんその目的がすでに罪悪の暴露にあるのだから、あらかじめ人を陥れようとする成心の上に打ち立てられた職業である。そんな人の悪い事は自分にはできない。自分はただ人間の研究者否人間の異常なる機関が暗い闇夜に運転する有様を、驚嘆の念をもって眺めていたい。

青空文庫 Kindle版 p.38

敬太郎は「警視庁の探偵見たような事がして見たい」と言っておきながら、そんなことはできないと言ったりしますが、後に、ある人の依頼で探偵めいたことをすることになります。 機関(からくり)

二 敬太郎は須永の家の門をくぐる女を認めました。

二 敬太郎が須永の家に行くと、女が家の門をくぐりました。直ぐに敬太郎の好奇心が働き始めます。

彼は須永を訪問してこの座敷に案内されるたびに、書生と若旦那の区別を判然と心に呼び起さざるを得なかった。そうしてこう小ぢんまり片づいて暮している須永を軽蔑すると同時に、閑静ながら余裕のあるこの友の生活を羨やみもした。青年があんなでは駄目だと考えたり、またあんなにもなって見たいと思ったりして、今日も二つの矛盾からでき上った斑な興味を懐に、彼は須永を訪問したのである。

青空文庫 Kindle版 p.40

敬太郎は、森本のような冒険家になりたい気持ちがありますが、学を修めた者として須永のようになりたいという気持ちもあります。

三 敬太郎の就職活動

三 敬太郎は、仕事を得る目的で須永の叔父(田口)に自分を紹介してくれるよう須永に依頼します。

「空想はもう当分やめだ。それよりか口の方が大事だからね」

青空文庫 Kindle版 p.42

敬太郎は、ロマン主義を引っ込めて現実路線を重視するようです。

四 敬太郎の位置、衣食、世渡りと女のこと

四 敬太郎は、位置とか衣食などの世渡りの話をしますが、口ほどには真面目になっていません。さっきの女のことが気に掛かっているのです。

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五 須永の下町生活

五 須永の住む下町の生活を敬太郎が連想しています。敬太郎は、森本とステッキのことを思い浮かべます。

こう万事がきちりと小さく整のってかつ光っていられては窮屈でたまらないと思う。
これほど小ぢんまりと几帳面に暮らして行く彼らは、おそらく食後に使う楊枝の削り方まで気にかけているのではなかろうかと考える。そうしてそれがことごとく伝説的の法則に支配されて、ちょうど彼らの用いる煙草盆のように、先祖代々順々に拭き込まれた習慣を笠に、恐るべく光っているのだろうと推察する。

青空文庫 Kindle版 p.47

敬太郎の思い描く下町の生活です。下町の習慣は、浪漫や冒険とはかけ離れたものと感じています。しかし一方では、須永の育ちと彼の生活を羨んでいます。

要するに敬太郎はもう少し調子外れの自由なものが欲しかったのである。

青空文庫 Kindle版 p.48

そうして習慣に縛られた、かつ習慣を飛び超えた艶めかしい葛藤でもそこに見出したかった。

青空文庫 Kindle版 p.48

六 森本からの手紙

六 敬太郎は、どうしてもステッキが気になります。森本から手紙が届きました。森本への返書を書き始めます。

実をいうと、彼は森本の手紙を受取った当座、この洋杖を見るたびに、自分にも説明のできない妙な感じがした。

青空文庫 Kindle版 p.49

敬太郎は、どうしてもこのステッキ、つまりは森本のことが気がかりのようです。
ステッキを見ないようにしても、今度は見ないことが苦になってきます。
このステッキに祟られてしまったようです。

七 敬太郎の須永の叔父訪問

七 敬太郎は、職を紹介してもらうために須永の叔父を訪ねることにします。
先日須永の所に行ったときにいた女は、この叔父の娘だと敬太郎は決めつけます。

八 訪問空振り①

八 敬太郎は、須永の叔父の田口に会いますが、この日は中に入れてくれませんでした。

九 訪問空振り②

九 敬太郎は、須永の家で後ろ姿を少しだけ見た女を美しい人と期待しています。
中二日空けて敬太郎は電話確認してから田口宅を訪れますが、玄関前に御者を乗せた自動車が待っています。
結局この日も田口と話をすることができませんでした。

十 須永の母

十 腹を立てた敬太郎は須永の家に寄ります。須永は不在で敬太郎は帰ろうとしましたが、須永の母が出てきて家の中に上がることになってしまいました。

十一 須永の母の話

十一 いつものことで須永の話を母がしていたのですが、だんだん矢来の叔父(松本:須永の母の実弟)の話に移ってきました。須永は松本が好きで、内幸町の叔父(田口:須永の母の妹の夫)はあまり好きではありません。

十二 敬太郎の苦情話

十二 敬太郎は、須永に周旋してもらって田口宅へ行ってきたが、数日前も今日も話をしてくれなかったことを話します。
田口には年頃の娘が二人いることが分かりました。

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十三 田口のこと

十三 須永の母は、田口のことを剽軽な真似をする男だと言います。敬太郎は、玄関前の自動車は悪戯だったのではないかと疑います。

彼は今日まで何一つ自分の力で、先へ突き抜けたという自覚を有っていなかった。勉強だろうが、運動だろうが、その他何事に限らず本気にやりかけて、貫ぬき終せた試がなかった。生れてからたった一つ行けるところまで行ったのは、大学を卒業したくらいなものである。

青空文庫 Kindle版 p.70

敬太郎には経験、実績、位置が必要です。大学を卒業しただけで、実質的に何もしていない自分のことを歯がゆく思っています。

十四 敬太郎の迷い

十四 敬太郎は、二度訪ねて二度とも話をしてもらえなかったので、田口に職のことを頼むのをあきらめかけていました。また、田口の娘と須永の関係を探るのも止めにしようとしていました。しかし、この短気が自分の弱みだと思い始めます。

この人はどんな朗らかに透き徹るような空の下に立っても、四方から閉じ込められてるような気がして苦しかったのだそうである。樹を見ても家を見ても往来を歩く人間を見ても鮮かに見えながら、自分だけ 硝子張の箱の中に入れられて、外の物と直に続いていない心持が絶えずして、しまいには窒息するほど苦しくなって来るんだという。

青空文庫 Kindle版 p.71

敬太郎は、学生時代に聞いたある宗教家の話を思い出し、今の自分はこの話と同じ状態ではないかと考えます。

十五 占い①

十五 敬太郎はどの方向に進むか迷い、占いに頼ることを思いつきます。

彼は眠い時に本を読む人が、 眠気に抵抗する努力を厭いながら、文字の意味を判明頭に入れようと試みるごとく、呑気の懐で決断の卵を温めている癖に、ただ旨く孵化らない事ばかり苦にしていた。

青空文庫 Kindle版 p.73

田口に頼んで職を確保する努力をするのか、他の方向に進むのか、敬太郎は決断しかねています。短気で呑気で優柔不断です。

十六 占い②

十六 敬太郎は易者を探すのもいい加減です。歩いていればその内に占いの看板が見つかるだろうという程度です。

十七 占い③

十七 敬太郎は、「文銭占ない」という看板を見つけました。自分が今どうしたらよいか占ってもらいます。

十八 占い④

十八 占い師のお婆さんの占いが始まりました。敬太郎の「どちらに行けばよいか」という問には、どちらでも同じような答えをします。短気を起こすなということも言います。
近いうちにちょっとしたことが起こるかもしれないとも言います。

十九 占い⑤

十九 敬太郎は、どんなことが起こるのか占ってもらいます。

「・・・あなたは自分のようなまた他人のような、長いようなまた短かいような、出るようなまた這入るようなものを待っていらっしゃるから、今度事件が起ったら、第一にそれを忘れないようになさい。そうすれば旨く行きます。」

青空文庫 Kindle版 p.84

敬太郎はとうとうこの禅坊主の寝言に似たものを、手拭に包んだ懐炉のごとく懐中させられて表へ出た。

青空文庫 Kindle版 p.84

明確な答えが欲しかった短気な敬太郎にとっては、不満足な占いの結果だったようです。
それでも、もう一度田口の家に行く気になり、手紙を出して会ってくれるよう依頼します。
敬太郎は、自分一人で答えを出すという気概が足りません。
敬太郎は、占いの婆さんが言ったことを紙切れに書いて机の引き出しにしまっておきます。

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二十 田口との会見

二十 田口から電話があり、敬太郎は田口宅を訪れ、やっと職の話をすることができました。
最後には、「何でもやりますからお願いします」と言って朗らかに田口宅を出ました。

この間買ったばかりの中折を帽子掛から取ると、未来に富んだ顔に生気を漲ぎらして快豁に表へ出た。

青空文庫 Kindle版 p.86

三回目の正直です。今度は田口から直接電話があったのですから大丈夫でしょう。

実を云うと、敬太郎には何という特別の希望はなかった。

青空文庫 Kindle版 p.87

田口から何を希望するか問われたのですが、敬太郎はこんな感じです。とにかく何かやりたい。今のままではいやだ。それだけのように思えます。

「・・・何でもやります。第一遊んでいる苦痛を逃れるだけでも結構です」

青空文庫 Kindle版 p.88

二十一 田口からの依頼

二十一 田口から手紙が届きました。大学を出てからの敬太郎にとって、世の中に接触する第一歩目の仕事の内容が書かれていました。それは探偵のような仕事でした。

自然を橙色に暖ためるおとなしいこの日光が、あたかも自分のために世の中を照らしているような愉快を覚えた。

青空文庫 Kindle版 p.89

田口と話をすることができたので、敬太郎は上機嫌な毎日です。

田口のいわゆる用事なるものを胸の中で組み立てて見た。そこにはいつか須永の門前で見た後姿の女が、ややともすると断わりなしに入り込んで来た。

青空文庫 Kindle版 p.90

職のことを田口に依頼したのに、田口からの手紙を見て、敬太郎はこんなことを考えています。どうも真剣さにかけているようです。

敬太郎は始めて自分が危険なる探偵小説中に主要の役割を演ずる一個の主人公のような心持がし出した。

青空文庫 Kindle版 p.90

田口からの依頼の内容は、ある人の行動を四時から五時の間探偵して報告しろというものでした。
漱石が時々出す「探偵」です。

彼は人の狗に使われる不名誉と不徳義を感じて、一種苦悶の膏汗を腋の下に流した。

青空文庫 Kindle版 p.90

敬太郎は、須永には「警視庁の探偵見たような事がして見たい」と言っていたのですが、実際に探偵のような仕事を与えられると考え込んでしまいます。 狗(いぬ)

二十二 探偵の準備

二十二 探偵の仕事にとりかかる前に何をすべきか敬太郎はあれこれ考えます。
持っていく物を考えていると森本のことを思い出しました。

自分のようで他人のような、長いようで短かいような、出るようで這入るようなという句を飽かず眺めた。

青空文庫 Kindle版 p.93

探偵に行こうとした時、敬太郎は占いの婆さんの言葉を思い出しました。近いうちに何かあるから「これを忘れずに持っていけ」というような言葉です。机の引き出しに入れておいたメモを見ると、訳の分からないことが書いてありました。

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二十三 森本とステッキ

二十三 敬太郎は、どうしても森本とステッキが気になります。
敬太郎は、こじつけとしか言いようのない理由を考え、占いの婆さんが言っていたのはステッキだと決めつけ、田口との会見に持っていくことにしました。

森本と云えば洋杖、洋杖と云えば森本というくらい劇しく敬太郎の頭を刺戟するのである。

青空文庫 Kindle版 p.94

ステッキが敬太郎と冒険家森本とをつなぎとめています。

迷信のはびこる家庭に成長した敬太郎は、呪禁に使う品物を(これからその目的に使うんだという料簡があって)手に入れる時には、きっと人の見ていない機会を偸んでやらなければ利かないという言い伝えを、郷里にいた頃、よく母から聞かされていたのである。

青空文庫 Kindle版 p.96

二十四 ステッキの持ち出し

二十四 敬太郎は、何とか主人の目を盗んでステッキを持ち出すことに成功します。

二十五 探偵場所

二十五 敬太郎が田口から依頼された探偵をする場所に着きました。小川町停留所です。

二十六 探偵場所の下見

二十六 敬太郎にとって困ったことが起こりました。小川町停留所は二つありました。一人で二つの停留所を見張るのは不可能です。須永の力を借りようかとも考えましが、時間的に無理なので、一人で片方の停留所を見張ることにしました。もっとも、仮に須永をよんでいたとしたら、この探偵は成立しませんでした。

二十七 一人の若い女

二十七 敬太郎は、持っていたステッキを蹴とばされ、ステッキの頭が向いた先にある停留所を見張ることにします。
探偵を続けていると、敬太郎の近くに一人の若い女が立っているのに気が付きます。女は、電車が来ても乗る気配がありません。敬太郎は女の動向を気にします。

二十八 目指す男の不着

二十八 目指す男はなかなか現れません。敬太郎は、占いの婆さんも、ステッキも忌々しくなってきました。「洋杖は自分の馬鹿を嘲ける記念だから」と決め、帰りがけにメチャメチャに壊して捨ててしまおうと考えます。
指示された時間は過ぎ、敬太郎は義務を果たしたのですが、この女の観察を続けることにしました。

二十九 一人の男と若い女

二十九 敬太郎が女の観察を続けていると、一人の男が女の前に立ち止まります。

三十 この男がターゲットか?

三十 敬太郎は、今度は女と男の二人を観察することにします。確たる証拠もなく、その男を田口から依頼されたターゲットとなる人物と推定します。

三十一 料理屋での男と女の観察

三十一 敬太郎は、男と女が料理屋に入ったので、自分も入って観察することにします。

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三十二 男をターゲットと確定

三十二 料理屋の中で、男が田口から探偵を依頼された人物であることを敬太郎は確認しました。
敬太郎の目には、この男は尋常以上の品格を備えた紳士で、探偵されるような人とは思えませんでした。

第一こんな性質の仕事を田口から引き受けた徳義上の可否さえ疑がわしくなった。

青空文庫 Kindle版 p.119

敬太郎は、田口からこんな仕事を引き受けたことを後悔しているようです。
何かをすると必ずといっていいほど、敬太郎は自分の行動に疑いをもちます。

三十三 男と女の会話

三十三 男と女の会話です。女が男に何かをせびっています。男は折れたようです。

三十四 後悔

三十四 時間を過ぎたのでとっくに探偵の義務は終わったのですが、敬太郎は、二人が料理屋を出た後も探偵を続けることにします。料理屋の中で男が田口から探偵を依頼された人物であることを確認しましたが、それだけで、二人の会話の中で田口に報告するようなものは全くありませんでした。
敬太郎は、先に料理屋を出て二人が出てくるのを待ち受けますが、ここでも自分が出た後に大事な話をしているのではないかと疑ったりします。常に後悔をしています。

三十五 男と女の別れ

三十五 女は電車に乗りましたが男は乗りません。敬太郎は女の方に興味が移っていたのですが、田口からの依頼は男の方なのでその電車に乗るのを我慢しました。

三十六 探偵の継続

三十六 敬太郎は、男が乗った電車に乗り込み、降りた駅からも先も後を追いますが、見失ってしまいました。

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