『坊っちゃん』の主人公「坊ちゃん」は、漱石の他の小説の主人公とは違っています。唯一の男らしい主人公かもしれません。
『坊っちゃん』は、『吾輩は猫である』のすぐ後に書かれた作品ですが、両作品の作風はまったく異なっています。作家デビュー直後で、いろいろなことを試そうと思っていたのか、作風の一貫性ということは考えず、むしろ作品ごとの違いを意識したのかもしれません。
『漱石山房記念館だより』の第1号の中で、漱石の孫にあたる半藤末利子名誉館長が書いています。「10年間程度の間に、これだけ違った作風の10の長編作品を書いた作家はいないのではないか。」前期三部作とも両作品はまったく違ったものです。
私の感覚では、この2作はどちらかというと漱石の作品の中で異色に感じられます。『吾輩は猫である』に対して『坊っちゃん』はとても読みやすい小説です。ストーリー性も高いと感じます。
- 一 「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。」主人公「坊ちゃん」のことです。
- 二 坊っちゃんは四国で教師となります。坊っちゃんと同じ数学の教師には山嵐というあだ名を付けます。
- 三 坊っちゃんは、生徒たちからからかわれ始めました。
- 四 坊ちゃんは、始めての宿直で生徒たちから質の悪いいたずらを受けます。
- 五 坊ちゃん、赤シャツ、野だいこは釣りに行きます。野だいこは教頭のご機嫌取りばかりしています。
- 六 生徒のいたずら行為の処罰について、会議が開かれます。坊っちゃんは、下宿から出ていくよう促されます。何か裏がありそうです。
- 七 坊ちゃんは、敬愛するうらなり君の周旋で宿を確保することができました。
マドンナが登場します。 - 八 うらなり君が延岡に転任することになります。赤シャツと下宿の婆さんとの間で転任の理由が異なります。
- 九 うらなり君の送別会が開かれました。坊っちゃんは、気の毒なうらなり君を退席させます。
- 十 坊っちゃんと山嵐は、赤シャツの尻尾をつかもうと画策します。
坊っちゃんと山嵐は、中学と師範学校の生徒の喧嘩仲裁に入ります。これは赤シャツがい仕掛けた罠だったようです。 - 十一 赤シャツとの折り合いが悪い山嵐は辞表を提出します。坊っちゃんも辞表を提出すると主張します。
山嵐と坊っちゃんは、赤シャツとマドンナとの密会の現場をつかみました。 - 最後に
一 「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。」主人公「坊ちゃん」のことです。
「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。」で始まります。「坊っちゃん」の小さい頃の話から始まり、父母が亡くなって、坊っちゃん、兄、下女の「清」が離れ離れになります。坊っちゃんは、中学校の教師として赴任するため、遥々東京から四国に向かいます。
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。
「青空文庫」kindle版 p.3
本当にそのとおりで、2階から飛び降りたり、自分の指をナイフで切ったりします。
おれは何が嫌いだと云って人に隠れて自分だけ得をするほど嫌いな事はない。
「青空文庫」kindle版 p.8
下女の清だけが坊っちゃんを可愛がります。父母や兄がいない時に清は坊っちゃんに物をくれます。清のことが嫌いなわけではありません。
人に隠れて自分だけ得をしようとするのは後で出てくる「赤シャツ」です。
二 坊っちゃんは四国で教師となります。坊っちゃんと同じ数学の教師には山嵐というあだ名を付けます。
坊っちゃんが乗った汽船が四国に着きました。翌日学校に出向いて教師仲間に紹介されます。坊っちゃんは、皆にあだ名を付けます。坊っちゃんと同じ数学の教師には「山嵐」というあだ名を付けます。
三 坊っちゃんは、生徒たちからからかわれ始めました。
坊っちゃんは学校の教壇に立ちました。坊っちゃんが蕎麦屋で天婦羅を4杯食べたことや、団子を2皿食べたことが教室の黒板に書かれています。生徒は坊っちゃんをからかっているようです。
四 坊ちゃんは、始めての宿直で生徒たちから質の悪いいたずらを受けます。
坊ちゃんの始めての宿直です。宿直なのに温泉に行きます。帰りに「狸」(校長)と山嵐に会います。寝ようと床に潜り込むと、バッタが数十匹中に入っていました。生徒を呼び出して詰問しますが白状しません。夜遅く生徒が大騒ぎしたので翌朝問いただしても誰もしていないとしらをきります。
五 坊ちゃん、赤シャツ、野だいこは釣りに行きます。野だいこは教頭のご機嫌取りばかりしています。
坊ちゃんは、赤シャツに誘われて釣りに行きます。「野だいこ」(吉川:画学の教師で赤シャツの家に出入りしている。)もいっしょです。野だいこは教頭のご機嫌取りばかりしています。
人に分らない事を言って分らないから聞いたって構やしませんてえような風をする。下品な仕草だ。
「青空文庫」kindle版 p.46
坊っちゃんは釣りは気に入らないようで、一匹だけ釣ってすぐに止めてしまいます。
坊っちゃんと離れたところで、野だ(野だいこのこと)が「マドンナ」のことを話し始めました。赤シャツはその話は止めにしておこうと言います。野だは「なに誰も居ないから大丈夫です」と言います。それを受けた坊っちゃんの言葉です。
考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しているように思う。わるくならなければ社会に成功はし ないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊っちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。
「青空文庫」kindle版 p.54
赤シャツが、坊っちゃんの前任者が誰かに乗ぜられて学校から排除されたような話をします。坊っちゃんに気をつけろと言います。学校では書生流に淡泊には行かないともいいます。坊っちゃんは、正直な純粋な人間のことをバカのように扱う社会が気に入りません。
単純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。清はこんな時に決して笑った事はない。大いに感心して聞いたもんだ。清の方が赤シャツよりよっぽど上等だ。
「青空文庫」kindle版 p.54
坊っちゃんは、どうしても赤シャツの言うことが気に入らないようです。
六 生徒のいたずら行為の処罰について、会議が開かれます。坊っちゃんは、下宿から出ていくよう促されます。何か裏がありそうです。
坊ちゃんは野だが大嫌いです。赤シャツも気に入らない。
学校教師の会議が開かれます。議題は、坊っちゃんに対する生徒のいたずら行為の処罰についてです。狸と赤シャツが穏便に済ませることを主張します。他の教師も同様です。山嵐だけがまったく反対の主張をします。どうやら、この生徒が起こした騒動には裏がありそうです。ちょっと推理小説っぽくなってきました。
坊っちゃんは、下宿から出ていくよう促されます。これにも裏がありそうです。坊っちゃんは、催促されたその晩に次の宿が定まっていないのに下宿を引き払います。あいかわらず無鉄砲です。
弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切ものなんだろう。
「青空文庫」kindle版 p.56
なかなか手厳しい言葉ですが、それはあると思います。
独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊といお礼と思わなければならない。
「青空文庫」kindle版 p.57
赤シャツは、山嵐と坊っちゃんとの関係を悪くさせようと企んでいます。単純な坊っちゃんは、その企みに引っかかってしまいます。坊っちゃんは着任早々、山嵐から氷水一杯を奢ってもらったのですが、その代金1銭5厘を返そうとします。1銭5厘を返さないのは、山嵐に対する厚意の所作だと坊っちゃんは主張します。それにもかかわらず坊っちゃんは、山嵐はよくない奴だという赤シャツの話を信じてしまいます。
狸でも赤シャツでも人物から云うと、おれよりも下等だが、弁舌はなかなか達者だから、まずい事を喋舌って揚足を取られちゃ面白くない。
「青空文庫」kindle版 p.66
会議の席で坊っちゃんは悩んでいるようです。腹案を作ろうと考えていると野だが発言し始めます。その発言が気に入らず、腹案がまとまらないうちに坊っちゃんは話し始めてしまい、言葉が続かずに皆に笑われてしまいます。
七 坊ちゃんは、敬愛するうらなり君の周旋で宿を確保することができました。
マドンナが登場します。
坊ちゃんは、敬愛するうらなり君の周旋で宿を確保することができました。
マドンナが登場します。
八 うらなり君が延岡に転任することになります。赤シャツと下宿の婆さんとの間で転任の理由が異なります。
坊っちゃんの赤シャツに対する不信感が増大していきます。「うらなり君」が延岡に転勤することになります。赤シャツと下宿の婆さんとの間で転任の理由が異なります。坊っちゃんは婆さんの話を信じます。
九 うらなり君の送別会が開かれました。坊っちゃんは、気の毒なうらなり君を退席させます。
うらなり君の送別会が開かれました。狸と赤シャツから送別の言葉があります。赤シャツは、マドンナを獲得するために裏で動き、うらなり君を優しい言葉で騙して転勤させたのですが、「誠に残念、本人の希望があっての転勤であって致し方ない」というような話をします。最後に山嵐が赤シャツに対する皮肉たっぷりな言葉を入れて送別の言葉を述べます。送別会とは名ばかりで、皆主役のうらなり君をさておいて、酔っぱらっています。坊っちゃんは、気の毒なうらなり君を退席させます。
十 坊っちゃんと山嵐は、赤シャツの尻尾をつかもうと画策します。
坊っちゃんと山嵐は、中学と師範学校の生徒の喧嘩仲裁に入ります。これは赤シャツがい仕掛けた罠だったようです。
坊っちゃんと山嵐は、赤シャツの尻尾をつかもうと画策します。赤シャツとマドンナが宿屋へ入る現場を見届けて面詰するというのです。
坊っちゃんと山嵐は、中学と師範学校の生徒の喧嘩仲裁に入りましたが、生徒たちから暴行を受けます。巡査が来た時には生徒たちは全員逃げてしまいました。
十一 赤シャツとの折り合いが悪い山嵐は辞表を提出します。坊っちゃんも辞表を提出すると主張します。
山嵐と坊っちゃんは、赤シャツとマドンナとの密会の現場をつかみました。
次の日の新聞を見ると、坊っちゃんと山嵐が生徒に指示して騒動を起こさせ、師範生に向かって暴行を加えたなどと書かれています。翌々日の新聞には、取り消しの記事が小さな字で書かれているだけでした。結局、もともと赤シャツとの折り合いが悪かった山嵐は校長から辞表を提出するよう迫られ、辞表を提出します。坊っちゃんは不公平だと言って自分も辞表を提出すると言います。校長は困ってしまいます。山嵐の推測として、我々は赤シャツの策略に引っかかったということです。
山嵐と坊っちゃんは、赤シャツとマドンナとの密会の現場をつかむため、監視を開始します。宿屋にマドンナが現れ、時間をおいて赤シャツと野だが現れます。山嵐と坊っちゃんは早朝に赤シャツと野だを捕まえ、面詰します。最後は二人をぼこぼこにしてしまいました。
到底智慧比べで勝てる奴ではない。どうしても腕力でなくっちゃ駄目だ。なるほど世界に戦争は絶えない訳だ。 個人でも、とどの詰りは腕力だ。
「青空文庫」kindle版 p.131
生徒の喧嘩の件は赤シャツの策略だったようです。赤シャツは新聞社を丸め込んで、山嵐と坊っちゃんを陥れたようです。坊っちゃんは、智慧比べで勝てないのなら腕力に訴えるしかないという結論に達しました。
最後に
坊っちゃんと山嵐が赤シャツと野だに挑み、最後には殴り倒してしまいます。しかし、坊っちゃんが敬愛するうらなり君は赤シャツの策略で転勤させられ、山嵐は辞表を提出させられます。坊っちゃんも辞表を提出して東京に帰ります。
赤シャツがその後マドンナを射止めたかどうかはわかりませんが、結果として確かなのは、赤シャツが邪魔者をすべて排除したということです。しかし、表では人に優しく、裏では卑怯な方法で人を陥れる赤シャツに一撃を加えたことも確かです。
坊っちゃんが漱石にとって人間の理想像かどうかは分かりませんが、赤シャツが漱石の嫌う典型的な人種であることは間違いないようです。